現代日本に速読法は必要?
活字離れが叫ばれるようになって久しい現代日本。
メディアが急速に発達し、娯楽も飽和状態に近い中、大手の雑誌が廃刊に追い込まれたり、書店の需要も様変わりを示しているのは、無理からぬことでしょう。
活字離れを加速させる要因の中でも、現代日本における娯楽の爛熟、多様化は、特に大きなウェイトを占めているのではないでしょうか。
日本の娯楽が大きく様変わりを始めたのは、メディアが急速に発達し出した1970年代頃です。
カラーテレビが家庭にすっかり行き渡り、茶の間の中心はテレビという時代です。
歌謡曲や洋楽ヒットなどの音楽産業が巨大になり、若い世代はLPレコードやラジカセ、深夜放送などの音楽に熱中したり、自らバンド演奏をしたり、現在に繋がるメディア中心の娯楽は、この頃より確立されたともいえるでしょう。
80年代に入ると、音楽メディアではカセットを用いた元祖モバイル音楽プレイヤー、ウォークマンが一斉を風靡し、喫茶店やゲームセンターで遊ぶゲーム機器がかなりのスピードで普及していきました。
ビデオ録画機器が量産されるようになった事で、家庭でのビデオ録画も浸透し、貸し出しビデオなど、娯楽の種類も圧倒的に増えたことで、活字離れの要因は既に出揃っていました。一方で、漫画やアニメ市場も急成長し、小説や新書のような活字のみの書籍はいよいよ敬遠されるようになりました。
90年台になると、いよいよ家庭用ゲーム機がおもちゃの中心的存在となり、パソコンも普及時代を迎えます。
ゲームセンターがブームになったり、テーマパークなどの巨大な娯楽施設も増えて、人々はより刺激のある娯楽へと馴化していきました。
音楽産業も相変わらず若者の関心を惹き続け、メディアの発達にあわせて更に巨大化していきます。
2000年代、既に読書なんてする暇がないぐらい遊ぶ事で忙しい人々に、インターネットと携帯電話の波が、いよいよとどめをさします。
その様子は、現在私達が目にしている通りですね。
書物を驚くほど速く読みこなす速読法の技術は、このような世の中で、果たして必要?時代遅れの技術なのでは?そんな疑問がわくのも当然でしょう。
そこで考えてみたいのは、これだけ活字離れが進んでいる現代ですが、私達は文字そのものを手放してしまったわけでは無いということです。
本を読むだけが速読ではないのです。
インターネットをしていても、仕事の中でも、また朝夕に新聞を広げる時も、私達は文字を読みます。
何かの資格取得や、生涯学習などを志す人ならなおさらです。
もうおわかりですね。
速読法の良さは、このように応用の利くところにあるのです。